29歳と10ヶ月。あと2ヶ月で20代が終わる。
そんな2007年の暖冬。乳がんの告知を受けた。

今後どうなるのか、とても不安で仕方ない。
だから自分のため、これを読む誰かのために、私が日々思い
考えることを記録し、経験として綴っていきたい。

これからも穏やかに笑ってすごしたいから、少しずつでも前を向いて生きていきたい。


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014/退院と安静室
退院はすぐにやって来た。

たった、4日間の入院生活だったけど、
ものすごく長い時間に感じた。

動けない・外に出られない・体が憂鬱。

悲しい 動きたい症候群の私は、
ジッとしているのが何より苦痛だった。


入院していた病院は、手術をする為に
場所だけ借りた。という形だったのだ。
しかし今日から、
本来の診察をしてもらっていたクリニックの
提携している施設へと移るのだ。



退院の日も、母が付いていてくれた。

ドレーンを付けたまま、ゆっくりとぎこちなく服を着る。
しかし、服をきれいに着ることが出来ず、何だかへこむ。。

そして、病室を出た。

体の小さな母親に重い荷物を持たせていること、
それ自体が、いやだった。
来るときは持てたものが、退院するときは持てなかった。しょんぼり



タクシー車で、安静室がある施設へ向かう。

ここは、人の家のようで、病院より開放的だ。
食べ物も、好きな物を食べていいそうだ。



そして、ここは色々な人が出入りする。

しかし、話を聞けば、乳がん経験者ばかりだった。
私からすれば、先輩ということになるだろう。
みんな明るく元気に、生活していた。


その時は、わーーーっと明るく話されても、
正直、自分で手一杯の精神状態だった。

だけど、別の部分では、
数年後、私もああやって、元気に笑っていられるといいな ぴかぴか
と素直に思えた。
013/体力の回復



水を飲んでいいと言われたその日は
胸を包帯にまかれたまま、
げほげほと、咳を繰り返す。

包帯の締め付けがきつく、
咳が思いっきりできなくて困る。バッド

だけど、寝返りもうてなかった手術当日よりも、
体はだいぶ楽になっていた。
気持ちも何だか元気で、
少しすっきりした気分だった。





ただ、一つ、脇の下に管がついている。
ドレーンというものらしい。
これが、ものすごく不快だった。
管の先には、袋が付いていて、ぐろい色の液体が溜まっている。

だけどしばらく、取れないそうだ。
それを知ると、少し憂鬱になった。しょんぼり




ボーっとした一日を過ごし、
さらに元気になってきたその時、
ふと半開きのドアから、誰かが覗いている。
ど近眼の私は、一瞬だれか分からなかった。

だけど、見覚えのあるシルエット・・

職場の人が、お見舞いに来てくれた。
うれしいような、こんな姿を見られるのが恥ずかしいような・・

帰る頃には、もう少し話ししていけば良いのに・・と
入院中独特な感覚になった。



読書病人っていうのは、

「あまり病人扱いされるのは、イヤだけど、
かまわれ過ぎないのも、ちょっとイヤだ」

みたいな、そんなわがままな心境に陥るのだ。
困ったもんだ。

012/術後の経過
手術と同時に、風邪をひいていた。

咳き込んで、たんをはき続けた。
砂漠な夜を終えたころには、ティッシュの山ができていた。
やっと、意識がはっきり目覚めてきた。


父と兄と、入れ替わりで来てくれた母が、
そこで笑っていてくれた。
夜通し、付いていてくれた。本当にありがたかった。


朝の往診で、水を飲んでいいと許可がおりた。


きたっ!!待っていたその時が・・・!!!

ゴクッ ゴクッ。

びっくり う、うますぎる・・水って何て最高なんだろう。


水が飲める。それだけで気分が良かった。



ずっと付いてた尿管もはずれ、やっとベッドから降りられる。




生まれたての子鹿のように、よれよれとした足取りで、
トイレに行く。


ほっとした。


鏡で見た自分の顔は、疲れ切って、
かなり油ギッシュな感じになっている。
痛みのせいか、右肩が下がり、猫背だ猫


包帯で、ぐるぐる巻きの私の胸は、どうなってるんだろう。
そんな事を考えていた。



いい天気だった。
空は晴れわたり、白い雲がぷかぷか浮いていた。
窓の外を眺めながら、
ごくごくと冷えたリンゴジュースを飲んだ。


これからがスタートだけど、第一歩はがんばったね。
辛くても、前向きに進んでいこうね。


心の中で、自分自身につぶやいたりした。

011/手術後の夜
ガタガタガタガタ・・・体が震えまくる。
がちがちがち・・・歯が鳴りまくる。


さ・・・・寒すぎる・・


そして、温かい布団に放り込まれた。


うっすらと麻酔が切れてきたんだ。


周りがバタバタしてる。
遠くで誰かの声がする。

のどが、のどが乾いた・よ・・・誰か・・・

のどが異様な乾き方をしていた。声がかすれて出ない。



口をぱくぱくしながら、水を欲しいと何度も訴えた。

「だから肺に入るとダメだから、お水は飲めないの」

看護婦さんが大声で言っている。


・・・!!??冷や汗

こんなにのどが乾いてるのに、
殺す気ですか・・水をちょうだいよ!
口をぬらすだけでも・・
のどがくっついて、死んじゃうよぅ・・


そんなやりとりを、数時間はしてたはずだ。


みんなが居なくなったら、ベッドの横のお茶を飲もう。
無理矢理にでも、ぜったいに動いて飲んでやる!!
執念というのはこんな感じなんだろうか・・


でも、そこには、あったはずのペットボトルが無かった。

!!!

絶望的な気持ちで、みんなを恨んだ。
悲しい・・どうして?みんな私が嫌いなの?




意識が少し戻った時、唇を濡らすだけでもお願いした。
そして、絶対に飲まない約束をして、
口をゆすがせてもらうことを懇願した。

むかっ絶対に、絶対に飲まないでくださいね!!!

看護婦さんのイライラを察知したが、そんな事関係ない。
こっちはのどが渇いて死にそうな気分なんだ。


唇を濡らしては、口をゆすぐ。

飲めなくても水分をふくむだけで、こんなにも安心できるんだ。


水は、人にとって一番必要なものだと実感した。

砂漠で亡くなっていく人は、きっとこんな気持ちなんだ。



痛みよりも、つらい気持ちよりも、
ただただ水を飲めない苦しみだけが、印象に残った夜だった。