29歳と10ヶ月。あと2ヶ月で20代が終わる。
そんな2007年の暖冬。乳がんの告知を受けた。

今後どうなるのか、とても不安で仕方ない。
だから自分のため、これを読む誰かのために、私が日々思い
考えることを記録し、経験として綴っていきたい。

これからも穏やかに笑ってすごしたいから、少しずつでも前を向いて生きていきたい。


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036/告知から1年
今日で去年の告知から、丸1年がたつ。


あっという間だけど、考えてみれば長かった。
本当に精神も体も、どん底を味わった気がする。悲しい


30歳という何か感慨深い歳を、私はがんの治療で過ごした。


あの、胃が痛くなるほどイヤだった点滴も、
毎週うんざりして通った病院も 病院 今毎日通っている道のりも
全部含めて、苦しんだことをあっという間に忘れてしまいそうだ。


たとえば10年後、私が40歳になるころ、自分はどうしてるのかな。


当たり前のように、普通の生活が出来てるのかな。
誰かと笑って、遊んでるのかな。
もしかして母親になれてたりするのかな。



そんな当たり前の10年後を、強く願っている。



たった3年後でも、自分がきちんとここに居れるのか、
治療をもうすぐ終える事で、たくさんの不安が出てくる。


いつもは、色んな事をあまり考えないように、
楽しい笑って楽しんで過ごすことができてる反面、

たまに押しつぶされそうなぐらい、怖くてどうしようもない時がある。悲しい



それは、たくさんの大好きな人や自分のしたい事や、
まだまだ感じたり、経験したりしたい事が多すぎるから。


あまりにも、大切なものが多いことに気がついたりした1年だった。


大きな病気などは、人生観や、価値観を変えるというけど
本当にその通りだと思う。




この先もきっと辛い事も泣きたいこともあるだろうと思う。
でも私は、この1年を振り返って

笑える事は、笑いとばす。
嬉しい事には、嬉しいと言う。
楽しければ、思いっきり楽しむ。


人に優しく、思いやりを持つ。
大好きな人には、ちゃんと好きな事を伝える。


毎日を、大切に生きる。



私はたった1人しか居ない存在だから、
自分の事も大切に、人の存在も大切にしたい。



そんな風に思った。



それがきちんと実行していけるかは、分からないけど、
今日の、この瞬間はそう思える。


来年の今日も、無事迎えられますように・・
女
022/やっぱり大切なもの
はっきり言って、すべての感情や感覚はその人にしか分からない。

数週間に一度うける点滴、
今は、これがイヤ過ぎてたまらないと言い切れる。
イヤ過ぎて、情緒不安定気味だ。

点滴を受けた夜は、胆汁がでるほど吐きまくる。
胃が痙攣して、呼吸ができなくて、死ぬかと思う。
自分がひどくイジメられているようで、悲しくて寂しくて
最悪な一夜を送る。
この一夜が、何よりの恐怖だ。

それでも、親は大丈夫よ。もう少ししたらまた元に戻る。
そう言ってくださる。

でも怒りハッキリ言って、大丈夫じゃない。
心底、憂鬱だ。冷や汗できるなら逃げてしまいたい。
このやろー。ちくしょー。ばかやろー。いやだよー。
ここ数ヶ月、そう思い続けている。

だけど、私を見るその優しい目は、
本当に愛してくれている目だと思う。
そして、できるなら変わってやりたいと言った父の言葉も
嘘ではないと、そう思える。


この数ヶ月、色んな人が見えた気がした。
自分自身を含め、性格というか、本質というか。。

そして、私自身も、いろんなことを考え、
今までとは少し違った角度で、ものごとを見れるようになったかもしれない。
人の痛みを知るには、自分も痛みを知ることかもしれない。

そして、やっぱり自分を取り囲んでくれている家族や友達は
本当に大切だなぁ、大好きだなぁっと、じんわり心に思う夜だ。ラブ
007/さらなる反応
うっかりすると、涙が込み上げてきてしまう。
告知からの数日間、私の涙腺はゆるゆるだった悲しい

父にも電話した。
うちは両親が離婚しているため、
別々の連絡となるのだ。


「どうした?何かあったのか?」と
さっそく父に言われた。

「うーん、気になる事があって病院に行ったら
悪性の腫瘍だったよ。場所は胸の下なんだけど・・」

そして手術をすること、
だけど数日間の入院で済む事を、手早く説明した。
あまり心配させたくなかった。

「それは乳がんか・・?」
あまりの力ない声に、私ははっきり乳がんと言えなかった。
「たぶん・・」と一言だけ言って、
それでも遠回しに乳がんということを伝えた。

父の切ない声が、衝撃を物語っていた。
それがいつまでも気にかかり、また涙が流れてきた。

電話を切ったあと、
今度は手術に向けての準備が始まった。

どうして涙が出るのかな。
きっと私自身が、まだ病気を受け止めていない。
だけど、事実だけは進むからだと思う。

受け止めきれない事実に押しつぶされて、
感情だけが不安定になっていく。

普段は、ものすごくポジティブなんだけど、
がんという一言の威力は大きい。どんっ
006/周囲の反応
しょんぼり電車が、やっと最寄り駅に着いた。

ほっとして降りた瞬間、同じ駅に住む上司の姿があった。
先ほど早退させてもらった手前、何となく声をかけた。

驚いた様子で、どしたの?とたずねられた。
「何か・・悪性の腫瘍があって、手術らしいです」
階段を下りながら、さらりとつぶやいた。
辛い顔を見せたくなかった。

「・・・え?・・それは・・まずいなぁ」

あっけなく改札が近づき、わかれた。
結果、一番先に結果を知らせたのは、上司ということになる。


駅の明かりから逃れた瞬間、涙が止まらなくなった。
周囲も気にせず、泣きながら歩いた。

そして母からの着信。。もしもし・・
「あのね・・がんだって言われたよ・・」
「・・・がんですって?・・ねぇ、その病院は大丈夫なの?」

信じたくない時、人はまず医者を疑うんだ。

耐え難い辛さで、夜道で泣きまくっている娘を
「大丈夫よ。今は医療も発達してるから、きっと大丈夫」
と、母は泣きながらも、気丈に励ました。


その後、友達にも電話し、事実を伝えた。
初めて、絶句というのを目の当たりにした。

友達は、一緒に泣いてくれた。
「私も付いてるから。ね、だからちゃんと治していこう」
そう言ってくれた。


電話を切った。
"今になって心配でたまらない。大丈夫なのか"
と、さっきわかれた上司からメールが入ってきた。


3人だけに伝えた夜だったけど、
私は、自分の置かれている状況に感謝した。
本当に、良い人に巡り会っていたんだと。